|寸《すん》ほどの蛇《へび》の頭《あたま》だった。――そんな夢も色彩ははっきりしていた。
 わたしの下宿は寒さの厳しい東京のある郊外にあった。わたしは憂鬱《ゆううつ》になって来ると、下宿の裏から土手《どて》の上にあがり、省線電車の線路を見おろしたりした。線路は油や金錆《かなさび》に染った砂利《じゃり》の上に何本も光っていた。それから向うの土手の上には何か椎《しい》らしい木が一本斜めに枝を伸ばしていた。それは憂鬱そのものと言っても、少しも差《さ》し支《つか》えない景色だった。しかし銀座や浅草よりもわたしの心もちにぴったりしていた。「毒を以て毒を制す、」――わたしはひとり土手の上にしゃがみ、一本の煙草をふかしながら、時々そんなことを考えたりした。
 わたしにも友だちはない訣《わけ》ではなかった。それはある年の若い金持ちの息子《むすこ》の洋画家だった。彼はわたしの元気のないのを見、旅行に出ることを勧《すす》めたりした。「金の工面《くめん》などはどうにでもなる。」――そうも親切に言ってくれたりした。が、たとい旅行に行っても、わたしの憂鬱の癒《なお》らないことはわたし自身誰よりも知り悉《つく》し
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