の鬢《びん》の毛を戦《そよ》がせながら、ぢつと汽車の進む方向を見やつてゐる。その姿を煤煙《ばいえん》と電燈の光との中に眺めた時、もう窓の外が見る見る明くなつて、そこから土の匂や枯草の匂や水の匂が冷《ひやや》かに流れこんで来なかつたなら、漸《やうやく》咳きやんだ私は、この見知らない小娘を頭ごなしに叱りつけてでも、又元の通り窓の戸をしめさせたのに相違なかつたのである。
 しかし汽車はその時分には、もう安々と隧道《トンネル》を辷《すべ》りぬけて、枯草の山と山との間に挾まれた、或貧しい町はづれの踏切りに通りかかつてゐた。踏切りの近くには、いづれも見すぼらしい藁屋根や瓦屋根がごみごみと狭苦しく建てこんで、踏切り番が振るのであらう、唯|一旒《いちりう》のうす白い旗が懶《ものう》げに暮色を揺《ゆす》つてゐた。やつと隧道を出たと思ふ――その時その蕭索《せうさく》とした踏切りの柵の向うに、私は頬の赤い三人の男の子が、目白押しに並んで立つてゐるのを見た。彼等は皆、この曇天に押しすくめられたかと思ふ程、揃《そろ》つて背が低かつた。さうして又この町はづれの陰惨たる風物と同じやうな色の着物を着てゐた。それが汽車
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