の通るのを仰ぎ見ながら、一斉に手を挙げるが早いか、いたいけな喉を高く反《そ》らせて、何とも意味の分らない喊声《かんせい》を一生懸命に迸《ほとばし》らせた。するとその瞬間である。窓から半身を乗り出してゐた例の娘が、あの霜焼けの手をつとのばして、勢よく左右に振つたと思ふと、忽ち心を躍らすばかり暖な日の色に染まつてゐる蜜柑《みかん》が凡そ五つ六つ、汽車を見送つた子供たちの上へばらばらと空から降つて来た。私は思はず息を呑んだ。さうして刹那に一切を了解した。小娘は、恐らくはこれから奉公先へ赴《おもむ》かうとしてゐる小娘は、その懐に蔵してゐた幾顆《いくくわ》の蜜柑を窓から投げて、わざわざ踏切りまで見送りに来た弟たちの労に報いたのである。
暮色を帯びた町はづれの踏切りと、小鳥のやうに声を挙げた三人の子供たちと、さうしてその上に乱落する鮮《あざやか》な蜜柑の色と――すべては汽車の窓の外に、瞬《またたく》く暇もなく通り過ぎた。が、私の心の上には、切ない程はつきりと、この光景が焼きつけられた。さうしてそこから、或|得体《えたい》の知れない朗《ほがらか》な心もちが湧き上つて来るのを意識した。私は昂然と頭を
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