細工《よせぎざいく》の床《ゆか》と言い、見るから精霊《せいれい》でも出て来そうな、ミスラ君の部屋などとは、まるで比べものにはならないのです。
 私たちは葉巻の煙の中に、しばらくは猟《りょう》の話だの競馬の話だのをしていましたが、その内に一人の友人が、吸いさしの葉巻を暖炉《だんろ》の中に抛りこんで、私の方へ振り向きながら、
「君は近頃魔術を使うという評判《ひょうばん》だが、どうだい。今夜は一つ僕たちの前で使って見せてくれないか。」
「好いとも。」
 私は椅子の背に頭を靠《もた》せたまま、さも魔術の名人らしく、横柄《おうへい》にこう答えました。
「じゃ、何でも君に一任するから、世間の手品師《てじなし》などには出来そうもない、不思議な術を使って見せてくれ給え。」
 友人たちは皆賛成だと見えて、てんでに椅子をすり寄せながら、促すように私の方を眺めました。そこで私は徐《おもむろ》に立ち上って、
「よく見ていてくれ給えよ。僕の使う魔術には、種も仕掛《しかけ》もないのだから。」
 私はこう言いながら、両手のカフスをまくり上げて、暖炉の中に燃え盛《さか》っている石炭を、無造作《むぞうさ》に掌の上へすく
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