い上げました。私を囲んでいた友人たちは、これだけでも、もう荒胆《あらぎも》を挫《ひし》がれたのでしょう。皆顔を見合せながらうっかり側へ寄って火傷《やけど》でもしては大変だと、気味悪るそうにしりごみさえし始めるのです。
 そこで私の方はいよいよ落着き払って、その掌の上の石炭の火を、しばらく一同の眼の前へつきつけてから、今度はそれを勢いよく寄木細工の床《ゆか》へ撒《ま》き散らしました。その途端です、窓の外に降る雨の音を圧して、もう一つ変った雨の音が俄《にわか》に床の上から起ったのは。と言うのはまっ赤な石炭の火が、私の掌《てのひら》を離れると同時に、無数の美しい金貨になって、雨のように床の上へこぼれ飛んだからなのです。
 友人たちは皆夢でも見ているように、茫然と喝采《かっさい》するのさえも忘れていました。
「まずちょいとこんなものさ。」
 私は得意の微笑を浮べながら、静にまた元の椅子に腰を下しました。
「こりゃ皆ほんとうの金貨かい。」
 呆気《あっけ》にとられていた友人の一人が、ようやくこう私に尋《たず》ねたのは、それから五分ばかりたった後のことです。
「ほんとうの金貨さ。嘘だと思ったら、手
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