めていました。
 また実際ランプの蓋《かさ》が風を起して廻る中に、黄いろい焔《ほのお》がたった一つ、瞬《またた》きもせずにともっているのは、何とも言えず美しい、不思議な見物《みもの》だったのです。が、その内にランプの廻るのが、いよいよ速《すみやか》になって行って、とうとう廻っているとは見えないほど、澄み渡ったと思いますと、いつの間《ま》にか、前のようにホヤ一つ歪《ゆが》んだ気色《けしき》もなく、テエブルの上に据っていました。
「驚きましたか。こんなことはほんの子供|瞞《だま》しですよ。それともあなたが御望みなら、もう一つ何か御覧に入れましょう。」
 ミスラ君は後《うしろ》を振返って、壁側《かべぎわ》の書棚を眺めましたが、やがてその方へ手をさし伸ばして、招くように指を動かすと、今度は書棚に並んでいた書物が一冊ずつ動き出して、自然にテエブルの上まで飛んで来ました。そのまた飛び方が両方へ表紙を開いて、夏の夕方に飛び交う蝙蝠《こうもり》のように、ひらひらと宙へ舞上るのです。私は葉巻を口へ啣《くわ》えたまま、呆気《あっけ》にとられて見ていましたが、書物はうす暗いランプの光の中に何冊も自由に飛び廻
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