しながら、「※[#「さんずい+元」、第3水準1−86−54]湘日夜東《げんしやうにちやひがし》に流れて去る」といふ支那人の詩を思ひ出した。かういふ大都会の中の川は※[#「さんずい+元」、第3水準1−86−54]湘《げんしやう》のやうに悠々と時代を超越してゐることは出来ない。現世《げんせい》は実に大川《おほかは》さへ刻々に工業化してゐるのである。
しかしこの浮き桟橋の上に川蒸汽を待つてゐる人々は大抵《たいてい》大川よりも保守的である。僕は巻煙草をふかしながら、唐桟柄《たうざんがら》の着物を着た男や銀杏《いてふ》返しに結《ゆ》つた女を眺め、何か矛盾に近いものを感じない訣《わけ》には行《ゆ》かなかつた。同時に又明治時代にめぐり合つた或懐しみに近いものを感じない訣《わけ》には行かなかつた。そこへ下流から漕《こ》いで来たのは久振《ひさしぶ》りに見る五大力《ごだいりき》である。艫《へさき》の高い五大力の上には鉢巻をした船頭《せんどう》が一人《ひとり》一丈余りの櫓《ろ》を押してゐた。それからお上《かみ》さんらしい女が一人|御亭主《ごていしゆ》に負けずに竿を差してゐた。かういふ水上生活者の夫婦位妙に
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