に又思ひだしたが、何時《いつ》か石印本《せきいんぼん》の王建《わうけん》の宮詞《きゆうし》を読んでゐたら、「御池水色春来好《ぎよちのすゐしよくしゆんらいよし》、処処分流白玉渠《しよしよぶんりうすはくぎよくのきよ》、密奏君王知入月《くんわうにみつそうしつきにいるをしる》、喚人相伴洗裙裾《ひとをよんであひともなつてくんきよをあらふ》」と云ふ詩の、入月が入用と印刷してあつた。入月とは女の月経の事である。(詩中月経を用ひたのは、この宮詞に止《とど》まるかも知れない。)入用では勿論意味が分らない。僕はこの誤《あやまり》にぶつかつてから、どうも石印本なるものは、一体に信用出来なくなつた。何《なん》だか話が横道へそれたが、永井徹《ながゐてつ》著の演劇史以前に、こんな著述があつたかどうか、それが未《いまだ》に疑問である。未にと云つても僕の事だから、別に探して見た訣《わけ》ではない。唯誰かその道の識者が、教を垂《た》れて呉れるかと思つて、やはり次手《ついで》に書き加へたのである。
天路歴程
僕は又漢訳の Pilgrim's Progress を持つてゐる。これも希覯書《きこうしよ》とは称
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