生憎《あいにく》何もはっきりとは見えない。僕は前に味をしめていたから、もう一度見たいと念じて見た。けれども薄い島の影は依然として薄いばかりである。念力も今度は無効だったらしい。
この時僕は右隣《みぎどなり》にたちまち誰かの笑うのを聞いた。
「はははははは、駄目《だめ》ですね。今度は念力もきかないようですね。はははははは。」
右隣の籐椅子《とういす》に坐っているのは英吉利《イギリス》人らしい老人である。顔は皺《しわ》こそ多いものの、まず好男子と評しても好《い》い。しかし服装はホオガスの画《え》にみた十八世紀の流行である。Cocked hat と云うのであろう。銀の縁《ふち》のある帽子《ぼうし》をかぶり、刺繍《ぬいとり》のある胴衣《チョッキ》を着、膝ぎりしかないズボンをはいている。おまけに肩へ垂れているのは天然《てんねん》自然の髪の毛ではない。何か妙な粉《こな》をふりかけた麻色《あさいろ》の縮《ちぢ》れ毛の鬘《かずら》である。僕は呆気《あっけ》にとられながら、返事をすることも忘れていた。
「わたしの望遠鏡《ぼうえんきょう》をお使いなさい。これを覗《のぞ》けばはっきり見えます。」
老人
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