などに云う色の上の寒温ですね。この連中は赤とか黄とか温い色の野菜ならば、何でも及第させるのです。が、青とか緑とか寒い色の野菜は見むきもしません。何しろこの連中のモットオは『野菜をしてことごとく赤茄子《あかなす》たらしめよ。然らずんば我等に死を与えよ』と云うのですからね。」
 僕「なるほどシャツ一枚の豪傑《ごうけつ》が一人、自作の野菜を積み上げた前にそんな演説をしていましたよ。」
 老人「ああ、それがそうですよ。その温い色をした野菜はプロレタリアの野菜と云うのです。」
 僕「しかし積み上げてあった野菜は胡瓜《きゅうり》や真桑瓜《まくわうり》ばかりでしたが、……」
 老人「それはきっと色盲ですよ。自分だけは赤いつもりなのですよ。」
 僕「寒い色の野菜はどうなのです?」
 老人「これも寒い色の野菜でなければ野菜ではないと云う連中がいます。もっともこの連中は冷笑はしても、演説などはしないようですがね、肚《はら》の中では負けず劣らず温い色の野菜を嫌っているようです。」
 僕「するとつまり卑怯《ひきょう》なのですか?」
 老人「何、演説をしたがらないよりも演説をすることが出来ないのです。たいてい酒毒《しゅどく》か黴毒《ばいどく》かのために舌が腐《くさ》っているようですからね。」
 僕「ああ、あれがそうなのでしょう。シャツ一枚の豪傑の向うに細いズボンをはいた才子が一人、せっせと南瓜《かぼちゃ》をもぎりながら、『へん、演説か』と云っていましたっけ。」
 老人「まだ青い南瓜をでしょう。ああ云う色の寒いのをブルジョア野菜と云うのです。」
 僕「すると結局どうなるのです? 野菜を作る連中によれば、……」
 老人「野菜を作る連中によれば、自作の野菜に似たものはことごとく善い野菜ですが、自作の野菜に似ないものはことごとく悪い野菜なのです。これだけはとにかく確かですよ。」
 僕「しかし大学もあるのでしょう? 大学の教授は野菜学の講義をしているそうですから、野菜の善悪を見分けるくらいは何でもないと思いますが、……」
 老人「ところが大学の教授などはサッサンラップ島の野菜になると、豌豆《えんどう》と蚕豆《そらまめ》も見わけられないのです。もっとも一世紀より前の野菜だけは講義の中《うち》にもはいりますがね。」
 僕「じゃどこの野菜のことを知っているのです?」
 老人「英吉利《イギリス》の野菜、仏蘭西
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