わん》の後《のち》女中の前に小皿を出し、「これに飯を少し」と言へば、佐佐木茂索《ささきもさく》、「まだ食ふ気か」と言ふ。「ううん、手紙の封をするのだ」と言へど、茂索、中中承知せず「あとでそつと食ふ気だらう」と言ふ。隆一、憮然《ぶぜん》として、「ぢや大和糊《やまとのり》にするわ」と言へば、茂索、愈《いよいよ》承知せず、「ははあ、糊《のり》でも舐《な》める気だな。」
六、それから又玉突き場《ば》に遊びゐたるに、一人《ひとり》の年少|紳士《しんし》あり。僕等の仲間に入れてくれと言ふ。彼の僕等に対するや、未《いま》だ嘗《かつて》「ます」と言ふ語尾を使はず、「そら、そこを厚く中《あ》てるんだ」などと命令すること屡《しばしば》なり。然れどもワン・ピイスを一着したる佐佐木夫人に対するや、慇懃《いんぎん》に礼を施して曰《いはく》、「あなたはソオシアル・ダンスをおやりですか?」佐佐木夫人の良人《をつと》即ち佐佐木茂索、「あいつは一体何ものかね」と言へば、何度も玉に負けたる隆一、言下《ごんか》に正体を道破して曰《いはく》、「小金《こがね》をためた玉ボオイだらう。」
七、軽井沢《かるゐざは》に芭蕉《ばせ
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