や」に止めて置いては、御主《おんあるじ》の「ぐろおりや」(栄光)にも関《かかは》る事ゆゑ、日頃親しう致いた人々も、涙をのんで「ろおれんぞ」を追ひ払つたと申す事でござる。
 その中でも哀れをとどめたは、兄弟のやうにして居つた「しめおん」の身の上ぢや。これは「ろおれんぞ」が追ひ出されると云ふ悲しさよりも、「ろおれんぞ」に欺かれたと云ふ腹立たしさが一倍故、あのいたいけな少年が、折からの凩《こがらし》が吹く中へ、しをしをと戸口を出かかつたに、傍から拳《こぶし》をふるうて、したたかその美しい顔を打つた。「ろおれんぞ」は剛力に打たれたに由つて、思はずそこへ倒れたが、やがて起きあがると、涙ぐんだ眼で、空を仰ぎながら、「御主も許させ給へ。『しめおん』は、己《おの》が仕業もわきまへぬものでござる」と、わななく声で祈つたと申す事ぢや。「しめおん」もこれには気が挫けたのでござらう。暫くは唯戸口に立つて、拳を空《くう》にふるうて居つたが、その外の「いるまん」衆も、いろいろととりないたれば、それを機会《しほ》に手を束《つか》ねて、嵐も吹き出でようず空の如く、凄《すさま》じく顔を曇らせながら、悄々《すごすご》「さ
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