抱くと、喘《あへ》ぐやうに「私が悪かつた。許して下されい」と囁《ささや》いて、こなたが一言《ひとこと》も答へぬ間に、涙に濡れた顔を隠さう為か、相手をつきのけるやうに身を開いて、一散に又元来た方へ、走つて往《い》んでしまうたと申す。さればその「私が悪かつた」と囁いたのも、娘と密通したのが悪かつたと云ふのやら、或は「しめおん」につれなうしたのが悪かつたと云ふのやら、一円合点《いちゑんがてん》の致さうやうがなかつたとの事でござる。
 するとその後間もなう起つたのは、その傘張の娘が孕《みごも》つたと云ふ騒ぎぢや。しかも腹の子の父親は、「さんた・るちや」の「ろおれんぞ」ぢやと、正《まさ》しう父の前で申したげでござる。されば傘張の翁は火のやうに憤《いきどほ》つて、即刻伴天連のもとへ委細を訴へに参つた。かうなる上は「ろおれんぞ」も、かつふつ云ひ訳の致しやうがござない。その日の中に伴天連を始め、「いるまん」衆一同の談合に由つて、破門を申し渡される事になつた。元より破門の沙汰がある上は、伴天連の手もとをも追ひ払はれる事でござれば、糊口のよすがに困るのも目前ぢや。したがかやうな罪人を、この儘「さんた・るち
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