シ。ここまで申された伴天連は、俄《にはか》にはたと口を噤《つぐ》んで、あたかも「はらいそ」の光を望んだやうに、ぢつと足もとの「ろおれんぞ」の姿を見守られた。その恭《うやうや》しげな容子《ようす》はどうぢや。その両の手のふるへざまも、尋常《よのつね》の事ではござるまい。おう、伴天連のからびた頬の上には、とめどなく涙が溢れ流れるぞよ。
見られい。「しめおん」。見られい。傘張の翁。御主「ぜす・きりしと」の御血潮よりも赤い、火の光を一身に浴びて、声もなく「さんた・るちや」の門に横はつた、いみじくも美しい少年の胸には、焦げ破れた衣《ころも》のひまから、清らかな二つの乳房が、玉のやうに露《あらは》れて居るではないか。今は焼けただれた面輪《おもわ》にも、自《おのづか》らなやさしさは、隠れようすべもあるまじい。おう、「ろおれんぞ」は女ぢや。「ろおれんぞ」は女ぢや。見られい。猛火を後にして、垣のやうに佇んでゐる奉教人衆、邪淫の戒を破つたに由つて「さんた・るちや」を逐《お》はれた「ろおれんぞ」は、傘張の娘と同じ、眼《ま》なざしのあでやかなこの国の女ぢや。
まことにその刹那《せつな》の尊い恐しさは、あた
前へ
次へ
全23ページ中19ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング