ミさん」を聞きながらも、僅に二三度|頷《うなづ》いて見せたばかり、髪は焼け肌は焦げて、手も足も動かぬ上に、口をきかう気色《けしき》さへも今は全く尽きたげでござる。娘の「こひさん」に胸を破つた翁と「しめおん」とは、その枕がみに蹲《うづくま》つて、何かと介抱を致いて居つたが、「ろおれんぞ」の息は、刻々に短うなつて、最期《さいご》ももはや遠くはあるまじい。唯、日頃と変らぬのは、遙に天上を仰いで居る、星のやうな瞳の色ばかりぢや。
やがて娘の「こひさん」に耳をすまされた伴天連は、吹き荒《すさ》ぶ夜風に白ひげをなびかせながら、「さんた・るちや」の門を後にして、おごそかに申されたは、「悔い改むるものは、幸《さいはひ》ぢや。何しにその幸なものを、人間の手に罰しようぞ。これより益《ますます》、『でうす』の御戒《おんいましめ》を身にしめて、心静に末期《まつご》の御裁判《おんさばき》の日を待つたがよい。又『ろおれんぞ』がわが身の行儀を、御主『ぜす・きりしと』とひとしく奉らうず志は、この国の奉教人衆の中にあつても、類《たぐひ》稀なる徳行でござる。別して少年の身とは云ひ――」ああ、これは又何とした事でござらう
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