うて、うちつけに尋ねようは元より、「ろおれんぞ」の顔さへまさかとは見られぬ程であつたが、或時「さんた・るちや」の後の庭で、「ろおれんぞ」へ宛てた娘の艶書を拾うたに由つて、人気《ひとけ》ない部屋にゐたを幸《さいはひ》、「ろおれんぞ」の前にその文をつきつけて、嚇《おど》しつ賺《すか》しつ、さまざまに問ひただいた。なれど「ろおれんぞ」は唯、美しい顔を赤らめて、「娘は私に心を寄せましたげでござれど、私は文を貰うたばかり、とんと口を利《き》いた事もござらぬ」と申す。なれど世間のそしりもある事でござれば、「しめおん」は猶《なほ》も押して問ひ詰《なじ》つたに、「ろおれんぞ」はわびしげな眼で、ぢつと相手を見つめたと思へば、「私はお主《ぬし》にさへ、嘘をつきさうな人間に見えるさうな」と、咎《とが》めるやうに云ひ放つて、とんと燕《つばくろ》か何ぞのやうに、その儘つと部屋を立つて行つてしまうた。かう云はれて見れば、「しめおん」も己の疑深かつたのが恥しうもなつたに由つて、悄々《すごすご》その場を去らうとしたに、いきなり駈けこんで来たは、少年の「ろおれんぞ」ぢや。それが飛びつくやうに「しめおん」の頸《うなじ》を抱くと、喘《あへ》ぐやうに「私が悪かつた。許して下されい」と囁《ささや》いて、こなたが一言《ひとこと》も答へぬ間に、涙に濡れた顔を隠さう為か、相手をつきのけるやうに身を開いて、一散に又元来た方へ、走つて往《い》んでしまうたと申す。さればその「私が悪かつた」と囁いたのも、娘と密通したのが悪かつたと云ふのやら、或は「しめおん」につれなうしたのが悪かつたと云ふのやら、一円合点《いちゑんがてん》の致さうやうがなかつたとの事でござる。
するとその後間もなう起つたのは、その傘張の娘が孕《みごも》つたと云ふ騒ぎぢや。しかも腹の子の父親は、「さんた・るちや」の「ろおれんぞ」ぢやと、正《まさ》しう父の前で申したげでござる。されば傘張の翁は火のやうに憤《いきどほ》つて、即刻伴天連のもとへ委細を訴へに参つた。かうなる上は「ろおれんぞ」も、かつふつ云ひ訳の致しやうがござない。その日の中に伴天連を始め、「いるまん」衆一同の談合に由つて、破門を申し渡される事になつた。元より破門の沙汰がある上は、伴天連の手もとをも追ひ払はれる事でござれば、糊口のよすがに困るのも目前ぢや。したがかやうな罪人を、この儘「さんた・るち
前へ
次へ
全12ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング