すれば、大きい錠前を※[#「てへん+丑」、第4水準2−12−93]《ね》じ切ったり、重い閂《かんぬき》を外したりするのは、格別むずかしい事ではありません。(微笑)今までにない盗みの仕方、――それも日本《にっぽん》と云う未開の土地は、十字架や鉄砲の渡来と同様、やはり西洋に教わったのです。
 わたしは一ときとたたない内に、北条屋の家《うち》の中にはいっていました。が、暗い廊下《ろうか》をつき当ると、驚いた事にはこの夜更《よふ》けにも、まだ火影《ほかげ》のさしているばかりか、話し声のする小座敷があります。それがあたりの容子《ようす》では、どうしても茶室に違いありません。「凩《こがらし》の茶か」――わたしはそう苦笑《くしょう》しながら、そっとそこへ忍び寄りました。実際その時は人声のするのに、仕事の邪魔《じゃま》を思うよりも、数寄《すき》を凝らした囲いの中に、この家《や》の主人や客に来た仲間が、どんな風流を楽しんでいるか?――そんな事に心が惹《ひ》かれたのです。
 襖《ふすま》の外に身を寄せるが早いか、わたしの耳には思った通り、釜《かま》のたぎりがはいりました。が、その音がすると同時に、意外にも
前へ 次へ
全38ページ中6ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング