のでございます。
「お父《とう》さん、勘忍《かんにん》して下さい。――」
その微笑は無言の内に、こう申していたのでございます。
「お父さん。不孝の罪は勘忍して下さい。わたしは二年以前の雪の夜《よる》、勘当《かんどう》の御詫《おわ》びがしたいばかりに、そっと家《うち》へ忍《しの》んで行きました。昼間は店のものに見られるのさえ、恥《はずか》しいなりをしていましたから、わざわざ夜《よ》の更《ふ》けるのを待った上、お父さんの寝間《ねま》の戸を叩《たた》いても、御眼にかかるつもりでいたのです。ところがふと囲《かこ》いの障子に、火影《ほかげ》のさしているのを幸い、そこへ怯《お》ず怯《お》ず行きかけると、いきなり誰か後《うしろ》から、言葉もかけずに組つきました。
「お父さん。それから先はどうなったか、あなたの知っている通りです。わたしは余り不意だったため、お父さんの姿を見るが早いか、相手の曲者《くせもの》を突き放したなり、高塀《たかべい》の外へ逃げてしまいました。が、雪明《ゆきあか》りに見た相手の姿は、不思議にも雲水《うんすい》のようでしたから、誰も追う者のないのを確かめた後《のち》、もう一度あの
前へ
次へ
全38ページ中24ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング