いる暇はありません。ただどうか阿媽港甚内《あまかわじんない》は、世間一般の人間と余り変りのない事を信じて下さい。そうですか? では出来るだけ手短かに、わたしの用向きを述べる事にしましょう。わたしはある男の魂のために、「みさ」の御祈りを願いに来たのです。いや、わたしの血縁のものではありません。と云ってもまたわたしの刃金《はがね》に、血を塗ったものでもないのです。名前ですか? 名前は、――さあ、それは明かして好《い》いかどうか、わたしにも判断はつきません。ある男の魂のために、――あるいは「ぽうろ」と云う日本人のために、冥福《めいふく》を祈ってやりたいのです。いけませんか?――なるほど阿媽港甚内に、こう云う事を頼まれたのでは、手軽に受合う気にもなれますまい。ではとにかく一通り、事情だけは話して見る事にしましょう。しかしそれには生死を問わず、他言《たごん》しない約束が必要です。あなたはその胸の十字架《くるす》に懸けても、きっと約束を守りますか? いや、――失礼は赦《ゆる》して下さい。(微笑)伴天連《ばてれん》のあなたを疑うのは、盗人《ぬすびと》のわたしには僭上《せんじょう》でしょう。しかしこの
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