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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)甚内《じんない》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)突然|真面目《まじめ》に

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   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「てへん+丑」、第4水準2−12−93]
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     阿媽港甚内《あまかわじんない》の話

 わたしは甚内《じんない》と云うものです。苗字《みょうじ》は――さあ、世間ではずっと前から、阿媽港甚内《あまかわじんない》と云っているようです。阿媽港甚内、――あなたもこの名は知っていますか? いや、驚くには及びません。わたしはあなたの知っている通り、評判の高い盗人《ぬすびと》です。しかし今夜参ったのは、盗みにはいったのではありません。どうかそれだけは安心して下さい。
 あなたは日本《にほん》にいる伴天連《ばてれん》の中でも、道徳の高い人だと聞いています。して見れば盗人と名のついたものと、しばらくでも一しょにいると云う事は、愉快ではないかも知れません。が、わたしも思いのほか、盗みばかりしてもいないのです。いつぞや聚楽《じゅらく》の御殿《ごてん》へ召された呂宋助左衛門《るそんすけざえもん》の手代《てだい》の一人も、確か甚内と名乗っていました。また利休居士《りきゅうこじ》の珍重《ちんちょう》していた「赤がしら」と称える水さしも、それを贈った連歌師《れんがし》の本名《ほんみょう》は、甚内《じんない》とか云ったと聞いています。そう云えばつい二三年以前、阿媽港日記《あまかわにっき》と云う本を書いた、大村《おおむら》あたりの通辞《つうじ》の名前も、甚内と云うのではなかったでしょうか? そのほか三条河原《さんじょうがわら》の喧嘩に、甲比丹《カピタン》「まるどなど」を救った虚無僧《こむそう》、堺《さかい》の妙国寺《みょうこくじ》門前に、南蛮《なんばん》の薬を売っていた商人、……そう云うものも名前を明かせば、何がし甚内だったのに違いありません。いや、それよりも大事なのは、去年この「さん・ふらんしすこ」の御寺《みてら》へ、おん母「まりや」の爪を収めた、黄金《おうごん》の舎利塔《しゃりとう》を献じているのも、やはり甚内と云う信徒だった筈です。
 しかし今夜は残念ながら、一々そう云う行状を話している暇はありません。ただどうか阿媽港甚内《あまかわじんない》は、世間一般の人間と余り変りのない事を信じて下さい。そうですか? では出来るだけ手短かに、わたしの用向きを述べる事にしましょう。わたしはある男の魂のために、「みさ」の御祈りを願いに来たのです。いや、わたしの血縁のものではありません。と云ってもまたわたしの刃金《はがね》に、血を塗ったものでもないのです。名前ですか? 名前は、――さあ、それは明かして好《い》いかどうか、わたしにも判断はつきません。ある男の魂のために、――あるいは「ぽうろ」と云う日本人のために、冥福《めいふく》を祈ってやりたいのです。いけませんか?――なるほど阿媽港甚内に、こう云う事を頼まれたのでは、手軽に受合う気にもなれますまい。ではとにかく一通り、事情だけは話して見る事にしましょう。しかしそれには生死を問わず、他言《たごん》しない約束が必要です。あなたはその胸の十字架《くるす》に懸けても、きっと約束を守りますか? いや、――失礼は赦《ゆる》して下さい。(微笑)伴天連《ばてれん》のあなたを疑うのは、盗人《ぬすびと》のわたしには僭上《せんじょう》でしょう。しかしこの約束を守らなければ、(突然|真面目《まじめ》に)「いんへるの」の猛火に焼かれずとも、現世《げんぜ》に罰《ばち》が下《くだ》る筈です。
 もう二年あまり以前の話ですが、ちょうどある凩《こがらし》の真夜中です。わたしは雲水《うんすい》に姿を変えながら、京の町中《まちなか》をうろついていました。京の町中をうろついたのは、その夜《よ》に始まったのではありません。もうかれこれ五日ばかり、いつも初更《しょこう》を過ぎさえすれば、必ず人目に立たないように、そっと家々を窺《うかが》ったのです。勿論何のためだったかは、註を入れるにも及びますまい。殊にその頃は摩利伽《まりか》へでも、一時渡っているつもりでしたから、余計に金《かね》の入用もあったのです。
 町は勿論とうの昔に人通りを絶っていましたが、星ばかりきらめいた空中には、小《お》やみもない風の音がどよめいています。わたしは暗い軒通《のきづた》いに、小川通《おがわどお》りを下《くだ》って来ると、ふと辻を一つ曲《まが》った所に、大きい角屋敷《かどやしき》のあるのを見つけました。これは京でも名を知られた、北条屋弥三右衛門《ほうじょうややそうえもん》の本宅で
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