すばらしい事ではありませんか? そうすれば勿論わたしと一しょに、甚内の罪も亡《ほろ》んでしまう。――甚内は広い日本《にっぽん》国中、どこでも大威張《おおいばり》に歩けるのです。その代り(再び笑う)――その代りわたしは一夜の内に、稀代《きだい》の大賊《たいぞく》になれるのです。呂宋助左衛門《るそんすけざえもん》の手代《てだい》だったのも、備前宰相《びぜんさいしょう》の伽羅《きゃら》を切ったのも、利休居士《りきゅうこじ》の友だちになったのも、沙室屋《しゃむろや》の珊瑚樹《さんごじゅ》を詐《かた》ったのも、伏見の城の金蔵《かねぐら》を破ったのも、八人の参河侍《みかわざむらい》を斬り倒したのも、――ありとあらゆる甚内の名誉は、ことごとくわたしに奪われるのです。(三度《さんど》笑う)云わば甚内を助けると同時に、甚内の名前を殺してしまう、一家の恩を返すと同時に、わたしの恨《うら》みも返してしまう、――このくらい愉快な返報《へんぽう》はありません。わたしがその夜《よ》嬉しさの余り、笑い続けたのも当然です。今でも、――この牢《ろう》の中でも、これが笑わずにいられるでしょうか?
わたしはこの策を思いついた後、内裏《だいり》へ盗みにはいりました。宵闇《よいやみ》の夜《よ》の浅い内ですから、御簾《みす》越しに火影《ほかげ》がちらついたり、松の中に花だけ仄《ほの》めいたり、――そんな事も見たように覚えています。が、長い廻廊《かいろう》の屋根から、人気《ひとけ》のない庭へ飛び下りると、たちまち四五人の警護《けいご》の侍に、望みの通り搦《から》められました。その時です。わたしを組み伏せた鬚侍《ひげざむらい》は、一生懸命に縄《なわ》をかけながら、「今度こそは甚内を手捕りにしたぞ」と、呟《つぶや》いていたではありませんか? そうです。阿媽港甚内《あまかわじんない》のほかに、誰が内裏《だいり》なぞへ忍びこみましょう? わたしはこの言葉を聞くと、必死にもがいている間《あいだ》でも、思わず微笑《びしょう》を洩らしたものです。
「甚内は貴様なぞの恩にはならぬ。」――あの男はこう云いました。しかしわたしは夜《よ》の明け次第、甚内の代りに殺されるのです。何と云う気味《きみ》の好《よ》い面当《つらあ》てでしょう。わたしは首を曝《さら》されたまま、あの男の来るのを待ってやります。甚内はきっとわたしの首に、声のな
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