人にめぐり遇ったんだ。向うは写真だから、変らなかろうが、こっちはお徳が福竜になっている。そう思えば、可哀そうだよ。
「そうして、その木の所で、ちょいと立止って、こっちを向いて、帽子をとりながら、笑うんです。それが私に挨拶をするように見えるじゃありませんか。名前を知ってりゃ呼びたかった……」
 呼んで見給え。気ちがいだと思われる。いくらYだって、まだ活動写真に惚《ほ》れた芸者はいなかろう。
「そうすると、向うから、小さな女異人が一人歩いて来て、その人にかじりつくんです。弁士の話じゃ、これがその人の情婦《いろおんな》なんですとさ。年をとっている癖に、大きな鳥の羽根なんぞを帽子につけて、いやらしいったらないんでしょう。」
 お徳は妬《や》けたんだ。それも写真にじゃないか。
(ここまで話すと、電車が品川へ来た。自分は新橋で下りる体《からだ》である。それを知っている友だちは、語り完《おわ》らない事を虞《おそ》れるように、時々眼を窓の外へ投げながら、やや慌しい口調で、話しつづけた。)
 それから、写真はいろいろな事があって、結局その男が巡査につかまる所でおしまいになるんだそうだ。何をしてつかまるん
前へ 次へ
全11ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング