けいてう》の態度を求めるのは最も無理解の甚だしいものである。僕は締切り日に間に合ふやうに、匆忙《そうばう》とペンを動かさなければならぬ。かう云ふ事情の下にありながら、しかも軽佻に振舞ひ得るものは大力量の人のあるばかりである。
この数篇の文章は僕の好悪を示す以外に、殆《ほとん》ど取り柄のないものである。唯僕は僕の好悪を出来るだけ正直に示さうとした。もし取り柄に近いものを挙げれば、この自ら偽るの陋《ろう》を敢てしなかつたことばかりである。
晋書礼記《しんしよらいき》は「正月|元会《ぐわんゑ》、自獣樽《はくじうそん》を殿庭に設け、樽蓋上《そんがいじやう》に白獣を施し、若《も》し能《よ》く直言を献ずる者あらば、この樽を発して酒を」飲ましめたことを語つてゐる。僕はこの数篇の文章の中に直言即ち僻見《へきけん》を献じた。誰か僕の為に自獣樽を発し一杓の酒を賜ふものはないか? 少くとも僕の僻見に左袒《さたん》し、僻見の権威を樹立する為に一|臂《ぴ》の力を仮すものはないか?
斎藤茂吉
斎藤茂吉を論ずるのは手軽に出来る芸当ではない。少くとも僕には余人よりも手軽に出来る芸当ではない。な
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