んようどう》である)作者はその短篇の中に意気地《いくじ》のないお姫様《ひめさま》を罵《ののし》っているの。まあ熱烈に意志しないものは罪人よりも卑《いや》しいと云うらしいのね。だって自活に縁のない教育を受けたあたしたちはどのくらい熱烈に意志したにしろ、実行する手段はないんでしょう。お姫様もきっとそうだったと思うわ。それを得意そうに罵《ののし》ったりするのは作者の不見識《ふけんしき》を示すものじゃないの? あたしはその短篇を読んだ時ほど、芥川龍之介を軽蔑《けいべつ》したことはないわ。……」

 この手紙を書いたどこかの女は一知半解《いっちはんかい》のセンティメンタリストである。こう云う述懐《じゅっかい》をしているよりも、タイピストの学校へはいるために駆落《かけお》ちを試みるに越したことはない。わたしは大莫迦《おおばか》と云われた代りに、勿論《もちろん》彼女を軽蔑した。しかしまた何か同情に似た心もちを感じたのも事実である。彼女は不平を重ねながら、しまいにはやはり電燈会社の技師か何かと結婚するであろう。結婚した後《のち》はいつのまにか世間並《せけんな》みの細君に変るであろう。浪花節《なにわぶし
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