などは渋団扇《しぶうちわ》を額《ひたい》へかざしたまま、「ははあ、十五円の葬《とむら》いだな」と云った。きょうも、――きょうは生憎《あいにく》あの時のように誰もその才能を発揮しない。が、大本教《おおもときょう》の神主《かんぬし》が一人、彼自身の子供らしい白《しら》っ子《こ》を肩車《かたぐるま》にしていたのは今日《こんにち》思い出しても奇観である。保吉はいつかこの町の人々を「葬式」とか何とか云う短篇の中に書いて見たいと思ったりした。
「今月は何とかほろ[#「ほろ」に傍点]上人《しょうにん》と云う小説をお書きですな。」
 愛想の好《い》い田中中尉はしっきりなしに舌をそよがせている。
「あの批評が出ていましたぜ。けさの時事《じじ》、――いや、読売《よみうり》でした。後《のち》ほど御覧に入れましょう。外套《がいとう》のポケットにはいっていますから。」
「いや、それには及びません。」
「あなたは批評をやられんようですな。わたしはまた批評だけは書いて見たいと思っているんです。例えばシェクスピイアのハムレットですね。あのハムレットの性格などは……」
 保吉はたちまち大悟《たいご》した。天下に批評家の
前へ 次へ
全18ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング