ひとあし》あとに薄暗い廊下《ろうか》を歩みながら、思わず「おや」と云う声を出した。
「本多少佐は死なれたんですか?」
 大佐も「おや」と云うように保吉の顔をふり返った。保吉はきのうずる休みをしたため、本多少佐の頓死《とんし》を伝えた通告書を見ずにしまったのである。
「きのうの朝|歿《な》くなられたです。脳溢血《のういっけつ》だと云うことですが、……じゃ金曜日までに作って来て下さい。ちょうどあさっての朝までにですね。」
「ええ、作ることは作りますが、……」
 悟《さと》りの早い藤田大佐はたちまち保吉の先まわりをした。
「弔辞を作られる参考には、後ほど履歴書《りれきしょ》をおとどけしましょう。」
「しかしどう云う人だったでしょう? 僕はただ本多少佐の顔だけ見覚えているくらいなんですが、……」
「さあ、兄弟思いの人だったですね。それからと……それからいつもクラス・ヘッドだった人です。あとはどうか名筆を揮《ふる》って置いて下さい。」
 二人はもう黄色《きいろ》に塗《ぬ》った科長室の扉《ドア》の前に立っていた。藤田大佐は科長と呼ばれる副校長の役をしているのである。保吉はやむを得ず弔辞に関する芸術
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