生活者」のカルマを背負つてゐることに潜んでゐる。けれども芸術は人生ではない。ヴイヨンは彼の抒情詩を残す為に「長い敗北」の一生を必要とした。敗るる者をして敗れしめよ。彼は社会的習慣即ち道徳に背くかも知れない。或は又法律にも背くことであらう。況や社会的礼節には人一倍余計に背く筈である。それ等の約束に背いた罰は勿論彼自身に背負はなければならぬ。社会主義者バアナアド・シヨウは彼の「医者のデイレンマ」の中に不徳義な天才を救ふよりも平凡な医者を救ひ上げることにした。シヨウの態度は少くとも合理的であると言はなければならぬ。僕等は博物館の硝子戸《ガラスど》の中に剥製《はくせい》の鰐《わに》を見ることを愛してゐる。しかし一匹の鰐を救ふよりも一匹の驢馬を救ふことに全力を尽すのに不思議はない。動物愛護会も未だ嘗《かつて》猛獣毒蛇を愛護するほど寛大ではないのはこの為であらう。が、それは人生に於ける、言はば Home Rule の問題である。もう一度ヴイヨンを例に引けば、彼は第一流の犯罪人だつたものの、やはり第一流の抒情詩人だつた。
或女人は「わたしの一家に天才のないことは仕合せです」と言つた。しかもその「天
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