に出てゐたモロオの「サロメ」(?)さへかう云ふ点では僕に東西を切り離した大海を想はせずには措《お》かなかつた。この問題を逆にすれば、紅毛人の漢詩を理解しないのも当然であると言はなければならぬ。僕は大英博物館に一人の東洋学者のゐることを聞き噛《かじ》つてゐる。しかし彼の漢詩の英訳は少くとも僕等日本人には原作の醍醐味《だいごみ》を伝へてゐない。のみならず彼の漢詩論も盛唐を貶《おと》して漢魏《かんぎ》を揚《あ》げたのは前人の説を破つてゐるにもせよ、やはり僕等日本人には容易に首肯することは出来ないのである。ピカソは黒んぼの芸術に新らしい美しさを発見した。けれども彼等の東洋的芸術に――たとへば大愚良寛の書に新らしい美しさを発見するのはいつであらう。

     三十二 批評時代

 批評や随筆の流行は即ち創作の振はない半面を示したものである。――これは僕の議論ではない。佐藤春夫氏の議論である。(「中央公論」五月号所載)同時に又三宅|幾三郎《いくさぶらう》氏の議論である。(「文芸時代」五月号所載)僕は偶然|軌《き》を一にした両氏の議論に興味を感じた。両氏の議論は中《あた》つてゐるであらう。今日の作
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