てゐる。が、かう云ふ彼は一面には「沙漠の雨」(?)と云ふ散文詩を作つてゐた。
 若し独歩の作品中、最も完成したものを挙げるとすれば、「正直者」や「竹の木戸」にとどまるであらう。が、それ等の作品は必しも詩人兼小説家だつた独歩の全部を示してゐない。僕は最も調和のとれた独歩を――或は最も幸福だつた独歩を「鹿狩り」等の小品に見出してゐる。(中村星湖氏の初期の作品はかう云ふ独歩の作品に近いものだつた。)
 自然主義の作家たちは皆精進して歩いて行つた。が、唯一人独歩だけは時々空中へ舞ひ上つてゐる。……

     二十九 再び谷崎潤一郎氏に答ふ

 僕は谷崎潤一郎氏の「饒舌録《ぜうぜつろく》」を読み、もう一度この文章を作る気になつた。勿論僕の志も谷崎君にばかり答へるつもりではない。しかし私心を挾《さしはさ》まずに議論を闘はすことの出来る相手は滅多に世間にゐないものである。僕はその随一人を谷崎潤一郎氏に発見した。これは或は谷崎氏は難有《ありがた》迷惑であると云ふかも知れない。けれども若し点心《てんしん》並みに僕の議論を聞いて貰へれば、それだけでも僕は満足するのである。
 不滅なるものは芸術ばかりでは
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