に北条|霞亭《かてい》の手紙が何十本かある、しかも皆年代順に並んでゐると言つた。」! 僕はその時の先生の昂然としてゐたのを覚えてゐる。かう言ふ先生に瞠目《だうもく》するものは必しも僕一人には限らないであらう。しかし正直に白状すれば、僕はアナトオル・フランスの「ジアン・ダアク」よりも寧ろボオドレエルの一行を残したいと思つてゐる一人である。

     十四 白柳秀湖氏

 僕は又この頃|白柳秀湖《しらやなぎしうこ》氏の「声なきに聴く」と云ふ文集を読み、「僕の美学」、「羞恥心《しうちしん》に関する考察」、「動物の発性期と食物との関係」等の小論文に少からず興味を感じた。「僕の美学」は題の示すやうに正に白柳氏の美学に当り、「羞恥心に関する考察」は白柳氏の倫理学に当るものである。今後者は暫く問はず、前者をちよつと紹介すれば、美は僕等の生活から何の関係もなしに生まれたものではない。僕等の祖先は焚火を愛し、林間に流れる水を愛し、肉を盛る土器を愛し、敵を打ち倒す棒を愛した。美はこれ等の生活的必要品(?)からおのづから生まれて来たのである。……
 かう云ふ小論文は少くとも僕には現世に多いコントよりも遙に
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