魂の絶望を感じてゐるものである。)この属性は志賀氏の中に勿論深い根を張つてゐたのであらう。しかし又この属性を刺戟する上には近代の日本の生んだ道徳的天才、――恐らくはその名に価《あたひ》する唯一の道徳的天才たる武者小路実篤氏の影響も決して少くはなかつたであらう。念の為にもう一度繰り返せば、志賀直哉氏はこの人生を清潔に生きてゐる作家である。それは同氏の作品の中にある道徳的|口気《こうき》にも窺《うかが》はれるであらう。(「佐々木の場合」の末段はその著しい一例である。)同時に又同氏の作品の中にある精神的苦痛にも窺はれないことはない。長篇「暗夜行路」を一貫するものは実にこの感じ易い道徳的魂の苦痛である。
(二)[#「(二)」は縦中横] 志賀直哉氏は描写の上には空想を頼まないリアリストである。その又リアリズムの細《さい》に入つてゐることは少しも前人の後に落ちない。若しこの一点を論ずるとすれば[#「若しこの一点を論ずるとすれば」に傍点]、僕は何の誇張もなしにトルストイよりも細かいと言ひ得るであらう。これは又同氏の作品を時々|平板《へいばん》に了《をは》らせてゐる。が、この一点に注目するもの[#「
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