な聯想の上に成り立つてゐる。彼等は彼等の所謂感覚の上にも理智の光を加へずには措かなかつた。彼等の近代的特色は或はそこにあるのであらう。けれども若し所謂感覚のそれ自身新しいことを目標とすれば、僕はやはり妙義山に一塊の根生姜を感じるのをより新しい[#「より新しい」に傍点]としなければならぬ。恐らくは江戸の昔からあつた一塊の根生姜を感じるのを。
「新感覚派」は勿論起らなければならぬ。それも亦あらゆる新事業のやうに(文芸上の)決して容易に出来るものではない。僕は「新感覚派」の作家たちの作品に、――と云ふよりも彼等の所謂「新感覚」に必しも敬服し難いことは前に書いた通りである。が、彼等の作品に対する批評家たちの批評も亦恐らくは苛酷に失してゐるであらう。「新感覚派」の作家たちは少くとも新らしい方向へ彼等の歩みを運んでゐる。それだけは何びとも認めなければならぬ。この努力を一笑してしまふのは単に今日「新感覚派」と呼ばれる作家たちに打撃を与へるばかりではない。彼等の今後の成長の上にも、引いては彼等の後に来る「新感覚派」の作家たちのしつかりと目標を定める上にもやはり打撃を与へるであらう。それは勿論日本の文芸を伸び伸びと進歩させる所以ではあるまい。
 しかし何と呼ばれるにもせよ、所謂「新感覚」を持つた作家たちは必ず今後も現れるであらう。僕はもう十年あまり前、確か久米正雄氏と一しよに「草土社《さうどしや》」の展覧会を見物した後、久米氏の「この庭の檜《ひ》の木《き》を見ても、『草土社』的に見えるのは不思議だよ」と感心してゐたことを覚えてゐる。「草土社」的に見えるのは正に十年あまり以前の所謂「新感覚」の為に外ならなかつた。かう云ふ所謂「新感覚」を明日の作家たちに期待するのは必しも僕の早計ばかりではあるまい。
 若し真に文芸的に「新しいもの」を求めるとすれば、それは或はこの所謂「新感覚」の外にないかも知れない。(新しいことなどは何でもないと云ふ議論は勿論この問題の埒外《らちぐわい》にある訣である。)所謂「目的意識」を持つた文芸さへ「目的意識」そのものの新旧を暫く問はないとすれば、(たとひ新旧を問つたとしても、バアナアド・シヨウの現れたのは千八百九十年代である。)実は大勢の前人の歩いて行つた道である。況《いはん》や僕等の人生観は、――恐らくは「いろは骨牌《がるた》」の中に悉《ことごと》く数へ上げられてゐることであらう。のみならずそれ等の新旧は文芸的な――或は芸術的な新旧ではない。
 僕は所謂「新感覚」の如何に同時代の人々に理解されないかを承知してゐる。たとへば佐藤春夫氏の「西班牙犬《スペインいぬ》の家」は未だに新しさを失つてゐない。況や同人雑誌「星座」(?)に掲げられた頃はどの位新しかつたことであらう。しかしこの作品の新しさは少しも文壇を動かさずにしまつた。僕は或はその為に佐藤氏自身さへこの作品の新しさを――引いてはこの作品の価値を疑つてゐはしなかつたかと思つてゐる。かう云ふ事実は日本以外にも勿論未だに多いことであらう。しかし殊に甚《はなはだ》しいのは僕等の日本ではないであらうか?

     三十四 解嘲

 僕は何度も繰り返して言ふやうに「筋のない小説」ばかり書けと言つてゐる訣《わけ》ではない。従つて何も谷崎潤一郎氏と対蹠点《たいせきてん》に立つてゐる訣ではない。唯かう云ふ小説の価値も認めて貰ひたいと言つてゐるのである。若し全然認めない論者があるとすれば、その論者こそ真に論敵である。僕は谷崎氏と議論を上下する上に誰にも僕の肩を持つて貰ひたくない。(同時に又谷崎氏の肩を持つて貰ひたくないことも勿論である。)僕等の議論の是非を弁ずるのでないことは僕等自身誰よりも知つてゐるつもりである。僕はこの頃雑誌の広告などに僕の「筋のある[#「ある」に傍点]小説」さへ「筋のない[#「ない」に傍点]小説」と云ふ名をつけられてゐるのを見、俄《には》かにこの文章を作ることにした。「筋のない小説」とはどう云ふものかも容易に理解しては貰はれないらしい。僕は僕の弁じられるだけは弁じた。又二三の僕の知人は正当に僕の説を理解してゐる。あとはもう勝手にしろと言ふ外はない。

     三十五 ヒステリイ

 僕はヒステリイの療法にその患者の思つてゐることを何でも彼でも書かせる――或は言はせると云ふことを聞き、少しも常談《じやうだん》を交へずに文芸の誕生はヒステリイにも[#「にも」に傍点]負つてゐるかも知れないと思ひ出した。虎頭燕頷《ことうえんがん》の羅漢《らかん》は暫く問はず、何びとも多少はヒステリツクである。殊に詩人たちは余人よりもはるかにヒステリツクな傾向を持つてゐるであらう。このヒステリイは三千年来いつも彼等を苦しめつづけた。彼等の或ものはその為に死し、又彼等の或ものはその為にとうとう
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