っとまたどこかからはいって来た。ちょうどホテルの給仕などの長靴《ながぐつ》を持って来るのと同じことである。半三郎は逃げようとした。しかし両脚のない悲しさには容易に腰を上げることも出来ない。そのうちに下役は彼の側《そば》へ来ると、白靴や靴下《くつした》を外《はず》し出した。
「それはいけない。馬の脚だけはよしてくれ給え。第一僕の承認を経《へ》ずに僕の脚を修繕《しゅうぜん》する法はない。……」
 半三郎のこう喚《わめ》いているうちに下役はズボンの右の穴へ馬の脚を一本さしこんだ。馬の脚は歯でもあるように右の腿《もも》へ食《く》らいついた。それから今度は左の穴へもう一本の脚をさしこんだ。これもまたかぷりと食らいついた。
「さあ、それでよろしい。」
 二十前後の支那人は満足の微笑を浮かべながら、爪の長い両手をすり合せている。半三郎はぼんやり彼の脚を眺めた。するといつか白ズボンの先には太い栗毛《くりげ》の馬の脚が二本、ちゃんともう蹄《ひづめ》を並べている。――
 半三郎はここまで覚えている。少くともその先はここまでのようにはっきりと記憶には残っていない。何《なん》だか二人の支那人と喧嘩したようにも
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