ろしい。よろしい。どうにかして上げますから。」
年とった支那人はこう言った後《のち》、まだ余憤《よふん》の消えないように若い下役《したやく》へ話しかけた。
「これは君の責任だ。好《い》いかね。君の責任だ。早速|上申書《じょうしんしょ》を出さなければならん。そこでだ。そこでヘンリイ・バレットは現在どこに行っているかね?」
「今調べたところによると、急に漢口《ハンカオ》へ出かけたようです。」
「では漢口《ハンカオ》へ電報を打ってヘンリイ・バレットの脚を取り寄せよう。」
「いや、それは駄目でしょう。漢口から脚の来るうちには忍野君の胴《どう》が腐ってしまいます。」
「困る。実に困る。」
年とった支那人は歎息《たんそく》した。何だか急に口髭《くちひげ》さえ一層だらりと下《さが》ったようである。
「これは君の責任だ。早速上申書を出さなければならん。生憎《あいにく》乗客は残っていまいね?」
「ええ、一時間ばかり前に立ってしまいました。もっとも馬ならば一匹いますが。」
「どこの馬かね?」
「徳勝門外《とくしょうもんがい》の馬市《うまいち》の馬です。今しがた死んだばかりですから。」
「じゃその馬の脚
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