覚《げんかく》に陥ったことと信じている。わたしは北京《ペキン》滞在中、山井博士や牟多口氏に会い、たびたびその妄《もう》を破ろうとした。が、いつも反対の嘲笑《ちょうしょう》を受けるばかりだった。その後《ご》も、――いや、最近には小説家|岡田三郎《おかださぶろう》氏も誰かからこの話を聞いたと見え、どうも馬の脚になったことは信ぜられぬと言う手紙をよこした。岡田氏はもし事実とすれば、「多分馬の前脚《まえあし》をとってつけたものと思いますが、スペイン速歩《そくほ》とか言う妙技を演じ得る逸足《いっそく》ならば、前脚で物を蹴るくらいの変り芸もするか知れず、それとても湯浅少佐《ゆあさしょうさ》あたりが乗るのでなければ、果して馬自身でやり了《おお》せるかどうか、疑問に思われます」と言うのである。わたしも勿論その点には多少の疑惑を抱かざるを得ない。けれどもそれだけの理由のために半三郎の日記ばかりか、常子の話をも否定するのはいささか早計《そうけい》に過ぎないであろうか? 現にわたしの調べたところによれば、彼の復活を報じた「順天時報《じゅんてんじほう》」は同じ面の二三段下にこう言う記事をも掲げている。――
「
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