いものを感じた。しかし教えると言った手前、腹を立てる訣《わけ》にも行かなかった。
 僕等はやむを得ず大銀杏を目当てにもう一度横みちへはいって行った。が、そこにもお墓はなかった。僕は勿論《もちろん》苛《い》ら苛《い》らして来た。しかしその底に潜んでいるのは妙に侘《わび》しい心もちだった。僕はいつか外套の下に僕自身の体温を感じながら、前にもこう言う心もちを知っていたことを思い出した。それは僕の少年時代に或餓鬼大将にいじめられ、しかも泣かずに我慢して家《うち》へ帰った時の心もちだった。
 何度も同じ小みちに出入した後、僕は古樒《ふるしきみ》を焚《た》いていた墓地掃除の女に途《みち》を教わり、大きい先生のお墓の前へやっとK君をつれて行った。
 お墓はこの前に見た時よりもずっと古びを加えていた。おまけにお墓のまわりの土もずっと霜に荒されていた。それは九日に手向けたらしい寒菊や南天の束の外に何か親しみの持てないものだった。K君はわざわざ外套を脱ぎ、丁寧にお墓へお時宜《じぎ》をした。しかし僕はどう考えても、今更|恬然《てんぜん》とK君と一しょにお時宜をする勇気は出悪《でにく》かった。
「もう何年にな
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