りますかね?」
「丁度九年になる訣です。」
 僕等はそんな話をしながら、護国寺前の終点へ引き返して行った。
 僕はK君と一しょに電車に乗り、僕だけ一人富士前で下りた。それから東洋文庫にいる或友だちを尋ねた後、日の暮に動坂へ帰り着いた。
 動坂の往来は時刻がらだけに前よりも一層混雑していた。が、庚申堂《こうしんどう》を通り過ぎると、人通りもだんだん減りはじめた。僕は受け身になりきったまま、爪先ばかり見るように風立った路を歩いて行った。
 すると墓地裏の八幡坂の下に箱車を引いた男が一人、楫棒《かじぼう》に手をかけて休んでいた。箱車はちょっと眺めた所、肉屋の車に近いものだった。が、側《そば》へ寄って見ると、横に広いあと口に東京|胞衣《えな》会社と書いたものだった。僕は後《うしろ》から声をかけた後、ぐんぐんその車を押してやった。それは多少押してやるのに穢《きたな》い気もしたのに違いなかった。しかし力を出すだけでも助かる気もしたのに違いなかった。
 北風は長い坂の上から時々まっ直《すぐ》に吹き下ろして来た。墓地の樹木もその度にさあっと葉の落ちた梢《こずえ》を鳴らした。僕はこう言う薄暗がりの中に妙
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