端青年団詰め所とか言う板葺《いたぶ》きの小屋の側に寄せかけてあった。僕はこう言う町を見た時、幾分か僕の少年時代に抱いた師走《しわす》の心もちのよみ返るのを感じた。
 僕等は少時《しばらく》待った後、護国寺《ごこくじ》前行の電車に乗った。電車は割り合いにこまなかった。K君は外套《がいとう》の襟を立てたまま、この頃先生の短尺を一枚やっと手に入れた話などをしていた。
 すると富士前を通り越した頃、電車の中ほどの電球が一つ、偶然抜け落ちてこなごなになった。そこには顔も身なりも悪い二十四五の女が一人、片手に大きい包を持ち、片手に吊《つ》り革《かわ》につかまっていた。電球は床へ落ちる途端に彼女の前髪をかすめたらしかった。彼女は妙な顔をしたなり、電車中の人々を眺めまわした。それは人々の同情を、――少くとも人々の注意だけは惹《ひ》こうとする顔に違いなかった。が、誰《たれ》も言い合せたように全然彼女には冷淡だった。僕はK君と話しながら、何か拍子抜けのした彼女の顔に可笑《おか》しさよりも寧《むし》ろはかなさを感じた。
 僕等は終点で電車を下り、注連飾《しめかざ》りの店など出来た町を雑司《ぞうし》ヶ谷《や》
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