うにどうすることも出来ないものだった。………
 K君の来たのは二時前だった。僕はK君を置き炬燵に請《しょう》じ、差し当りの用談をすませることにした。縞《しま》の背広を着たK君はもとは奉天《ほうてん》の特派員、――今は本社詰めの新聞記者だった。
「どうです? 暇ならば出ませんか?」
 僕は用談をすませた頃、じっと家にとじこもっているのはやり切れない気もちになっていた。
「ええ、四時頃までならば。………どこかお出かけになる先はおきまりになっているんですか?」
 K君は遠慮勝ちに問い返した。
「いいえ、どこでも好いんです。」
「お墓はきょうは駄目でしょうか?」
 K君のお墓と言ったのは夏目先生のお墓だった。僕はもう半年ほど前に先生の愛読者のK君にお墓を教える約束をしていた。年の暮にお墓参りをする、――それは僕の心もちに必ずしもぴったりしないものではなかった。
「じゃお墓へ行きましょう。」
 僕は早速|外套《がいとう》をひっかけ、K君と一しょに家《いえ》を出ることにした。
 天気は寒いなりに晴れ上っていた。狭苦しい動坂《どうざか》の往来もふだんよりは人あしが多いらしかった。門に立てる松や竹も田
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