お君さんとお松さんとの仲が悪いのは、何もお松さんが嫉妬《しっと》をするせいばかりではない。お君さんも内心、お松さんの趣味の低いのを軽蔑している。あれは全く尋常小学を出てから、浪花節《なにわぶし》を聴いたり、蜜豆《みつまめ》を食べたり、男を追っかけたりばかりしていた、そのせいに違いない。こうお君さんは確信している。ではそのお君さんの趣味というのが、どんな種類のものかと思ったら、しばらくこの賑《にぎや》かなカッフェを去って、近所の露路《ろじ》の奥にある、ある女髪結《おんなかみゆい》の二階を覗《のぞ》いて見るが好い。何故《なぜ》と云えばお君さんは、その女髪結の二階に間借をして、カッフェへ勤めている間のほかは、始終そこに起臥《おきふし》しているからである。
 二階は天井の低い六畳で、西日《にしび》のさす窓から外を見ても、瓦屋根のほかは何も見えない。その窓際の壁へよせて、更紗《さらさ》の布《ぬの》をかけた机がある。もっともこれは便宜上、仮に机と呼んで置くが、実は古色を帯びた茶ぶ台に過ぎない。その茶ぶ――机の上には、これも余り新しくない西洋|綴《とじ》の書物が並んでいる。「不如帰《ほととぎす》」「
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