をさして、白いエプロンをかけて、自働ピアノの前に立っている所は、とんと竹久夢二《たけひさゆめじ》君の画中の人物が抜け出したようだ。――とか何とか云う理由から、このカッフェの定連《じょうれん》の間には、夙《つと》に通俗小説と云う渾名《あだな》が出来ているらしい。もっとも渾名《あだな》にはまだいろいろある。簪の花が花だから、わすれな草。活動写真に出る亜米利加《アメリカ》の女優に似ているから、ミス・メリイ・ピックフォオド。このカッフェに欠くべからざるものだから、角砂糖。ETC. ETC.
この店にはお君さんのほかにも、もう一人年上の女給仕がある。これはお松《まつ》さんと云って、器量《きりょう》は到底お君さんの敵ではない。まず白|麺麭《パン》と黒麺麭ほどの相違がある。だから一つカッフェに勤めていても、お君さんとお松さんとでは、祝儀の収入が非常に違う。お松さんは勿論、この収入の差に平《たいら》かなるを得ない。その不平が高《こう》じた所から、邪推もこの頃廻すようになっている。
ある夏の午後、お松さんの持ち場の卓子《テエブル》にいた外国語学校の生徒らしいのが、巻煙草《まきたばこ》を一本|啣《くわ
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