にては如何とも致し難き儀に候へば、心得違ひ致さざる様、呉れ呉れも、申し諭《さと》し、煎薬|三貼《さんでふ》差し置き候上、折からの雨止みを幸《さいはひ》、立ち帰らんと致し候所、篠、私|袂《たもと》にすがりつき候うて離れ申さず、何やら申さんとする気色《けしき》にて、唇《くちびる》を動かし候へども、一言も申し果てざる中に、見る見る面色変り、忽《たちまち》、其場に悶絶致し候。然れば、私|大《おほい》に仰天致し、早速下男共々、介抱仕り候所、漸《やうやく》、正気づき候へども、最早立上り候気力も無之、「所詮は、私心浅く候儘、娘一命、泥烏須如来、二つながら失ひしに極まり候。」とて、さめざめと泣き沈み、種々申し慰め候へども、一向耳に掛くる体も御座無く、且は娘容態も詮無く相見え候間、止むを得ず再《ふたたび》下男召し伴《つ》れ、※[#「勹<夕」、第3水準1−14−76]々《そうそう》帰宅仕り候。
然るに、其日|未時《ひつじどき》下り、名主塚越弥左衛門殿母儀検脈に参り候所、篠娘死去致し候由、並に篠、悲嘆のあまり、遂に発狂致し候由、弥左衛門殿より承り候。右に依れば、里《さと》落命致し候は、私検脈後|一時《ひと
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