ひら》に御断り申候。」斯様《かやう》、説得致し候へば、篠も流石《さすが》に、推してとも申し難く、其儘|凄々《すごすご》帰宅致し候。
翌九日は、ひき明け方より大雨にて、村内一時は人通も絶え候所、卯時《うのとき》ばかりに、篠、傘をも差さず、濡鼠《ぬれねずみ》の如くなりて、私宅へ参り、又々検脈致し呉れ候様、頼み入り候間、私申し候は、「長袖ながら、二言《にごん》は御座無く候。然れば、娘御の命か、泥烏須如来か、何れか一つ御棄てなさるる分別肝要と存じ候。」斯様《かやう》申し聞け候へば、篠、此度は狂気の如く相成り、私前に再三|額《ぬか》づき又は手を合せて拝みなど致し候うて、「仰せ千万《せんばん》御尤《ごもつと》もに候。なれども、切支丹宗門の教にて、一度ころび候上は、私|魂《たましひ》躯《むくろ》とも、生々世々《しやうじやうせせ》亡び申す可く候。何卒《なにとぞ》、私心根を不憫《ふびん》と思召《おぼしめ》され、此儀のみは、御容赦下され度候。」など掻き口説《くど》き咽《むせ》び入り候。邪宗門の宗徒とは申しながら、親心に二《に》無き体《てい》相見え、多少とも哀れには存じ候へども、私情を以て、公道を廃す可《
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