轤オっきりなしに吹きつけて来るジャッズにはかなり興味を感じた。しかし勿論幸福らしい老人などには興味を感じなかった。
「あの爺さんは猶太《ユダヤ》人だがね。上海《シャンハイ》にかれこれ三十年住んでいる。あんな奴は一体どう云う量見《りょうけん》なんだろう?」
「どう云う量見でも善《い》いじゃないか?」
「いや、決して善《よ》くはないよ。僕などはもう支那に飽き飽きしている。」
「支那にじゃない。上海《シャンハイ》にだろう。」
「支那にさ。北京《ペキン》にもしばらく滞在したことがある。……」
 僕はこう云う彼の不平をひやかさない訣《わけ》には行《ゆ》かなかった。
「支那もだんだん亜米利加《アメリカ》化するかね?」
 彼は肩を聳《そびや》かし、しばらくは何《なん》とも言わなかった。僕は後悔《こうかい》に近いものを感じた。のみならず気まずさを紛《まぎ》らすために何か言わなければならぬことも感じた。
「じゃどこに住みたいんだ?」
「どこに住んでも、――ずいぶんまた方々に住んで見たんだがね。僕が今住んで見たいと思うのはソヴィエット治下《ちか》の露西亜《ロシア》ばかりだ。」
「それならば露西亜へ行けば好
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