ワた酔《よい》の醒《さ》めて来るのも感じた。
「僕はもう帰る。」
「そうか? じゃ僕は……」
「どこかこの近所へ沈んで行けよ。」
僕等はちょうど京橋《きょうばし》の擬宝珠《ぎぼし》の前に佇《たたず》んでいた。人気《ひとけ》のない夜更《よふ》けの大根河岸《だいこんがし》には雪のつもった枯れ柳が一株、黒ぐろと澱《よど》んだ掘割りの水へ枝を垂らしているばかりだった。
「日本《にほん》だね、とにかくこう云う景色は。」
彼は僕と別れる前にしみじみこんなことを言ったものだった。
三
彼は生憎《あいにく》希望通りに従軍することは出来なかった。が、一度ロンドンへ帰った後《のち》、二三年ぶりに日本に住むことになった。しかし僕等は、――少くとも僕はいつかもうロマン主義を失っていた。もっともこの二三年は彼にも変化のない訣《わけ》ではなかった。彼はある素人下宿《しろうとげしゅく》の二階に大島《おおしま》の羽織や着物を着、手あぶりに手をかざしたまま、こう云う愚痴《ぐち》などを洩らしていた。
「日本もだんだん亜米利加《アメリカ》化するね。僕は時々日本よりも仏蘭西《フランス》に住もうかと思
前へ
次へ
全15ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング