クくでやめさせるのは悪趣味《あくしゅみ》じゃないか?」
「それじゃ他人の聞きたがらない音楽を金《かね》ずくで聞かせるのも悪趣味だよ。」
グラノフォンはちょうどこの時に仕合せとぱったり音を絶《た》ってしまった。が、たちまち鳥打帽《とりうちぼう》をかぶった、学生らしい男が一人、白銅《はくどう》を入れに立って行った。すると彼は腰を擡《もた》げるが早いか、ダム何《なん》とか言いながら、クルウェットスタンドを投げつけようとした。
「よせよ。そんな莫迦《ばか》なことをするのは。」
僕は彼を引きずるようにし、粉雪《こなゆき》のふる往来へ出ることにした。しかし何か興奮した気もちは僕にも全然ない訣《わけ》ではなかった。僕等は腕を組みながら、傘もささずに歩いて行った。
「僕はこう云う雪の晩などはどこまでも歩いて行《ゆ》きたくなるんだ。どこまでも足の続くかぎりは……」
彼はほとんど叱りつけるように僕の言葉を中断した。
「じゃなぜ歩いて行《ゆ》かないんだ? 僕などはどこまでも歩いて行きたくなれば、どこまでも歩いて行くことにしている。」
「それは余りロマンティックだ。」
「ロマンティックなのがどこが悪い?
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