ヘ一度も口に出したことはなかった。彼は敷島《しきしま》をふかしながら、当然僕等の間《あいだ》に起る愛蘭土《アイルランド》の作家たちの話をしていた。
「I detest Bernard Shaw.」
僕は彼が傍若無人《ぼうじゃくぶじん》にこう言ったことを覚えている、それは二人《ふたり》とも数《かぞ》え年《どし》にすれば、二十五になった冬のことだった。……
二
僕等は金《かね》の工面《くめん》をしてはカッフェやお茶屋へ出入した。彼は僕よりも三割がた雄《おす》の特性を具えていた。ある粉雪《こなゆき》の烈しい夜《よる》、僕等はカッフェ・パウリスタの隅のテエブルに坐っていた。その頃のカッフェ・パウリスタは中央にグラノフォンが一台あり、白銅《はくどう》を一つ入れさえすれば音楽の聞かれる設備になっていた。その夜《よ》もグラノフォンは僕等の話にほとんど伴奏を絶ったことはなかった。
「ちょっとあの給仕に通訳してくれ給え。――誰でも五銭出す度に僕はきっと十銭出すから、グラノフォンの鳴るのをやめさせてくれって。」
「そんなことは頼まれないよ。第一他人の聞きたがっている音楽を銭《ぜに》
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