なり、いつかぐっすり寝入ってしまいました。

       ×          ×          ×

「驚いたわねえ、春夫さん。」
「どうしたんだろう? 姉さん。」
 白は小さい主人の声に、はっきりと目を開《ひら》きました。見ればお嬢さんや坊ちゃんは犬小屋の前に佇《たたず》んだまま、不思議そうに顔を見合せています。白は一度挙げた目をまた芝生の上へ伏せてしまいました。お嬢さんや坊ちゃんは白がまっ黒に変った時にも、やはり今のように驚いたものです。あの時の悲しさを考えると、――白は今では帰って来たことを後悔《こうかい》する気さえ起りました。するとその途端《とたん》です。坊ちゃんは突然飛び上ると、大声にこう叫びました。
「お父さん! お母さん! 白がまた帰って来ましたよ!」
 白が! 白は思わず飛び起きました。すると逃げるとでも思ったのでしょう。お嬢さんは両手を延ばしながら、しっかり白の頸《くび》を押えました。同時に白はお嬢さんの目へ、じっと彼の目を移しました。お嬢さんの目には黒い瞳にありありと犬小屋が映《うつ》っています。高い棕櫚《しゅろ》の木のかげになったクリイム色の犬小屋が、――
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