。その内に鉄冠子は、白い鬢《びん》の毛を風に吹かせて、高らかに歌を唱《うた》い出しました。
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朝《あした》に北海に遊び、暮《くれ》には蒼梧《そうご》。
袖裏《しゅうり》の青蛇《せいだ》、胆気粗《たんきそ》なり。
三たび岳陽に入れども、人|識《し》らず。
朗吟して、飛過《ひか》す洞庭湖《どうていこ》。
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四
二人を乗せた青竹は、間もなく峨眉山へ舞い下《さが》りました。
そこは深い谷に臨んだ、幅の広い一枚岩の上でしたが、よくよく高い所だと見えて、中空《なかぞら》に垂れた北斗の星が、茶碗《ちゃわん》程の大きさに光っていました。元より人跡《じんせき》の絶えた山ですから、あたりはしんと静まり返って、やっと耳にはいるものは、後《うしろ》の絶壁に生《は》えている、曲りくねった一株の松が、こうこうと夜風に鳴る音だけです。
二人がこの岩の上に来ると、鉄冠子は杜子春を絶壁の下に坐らせて、
「おれはこれから天上へ行って、西王母《せいおうぼ》に御眼にかかって来るから、お前はその間ここに坐って、おれの帰るのを待っているが好《い》い。多分おれがいな
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