田端日記
芥川龍之介
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)一向《いっこう》ものを
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)朝|床《とこ》の中で
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「足へん+卓」、第4水準2−89−35]※[#「厂+萬」、第3水準1−14−84]風発《たくれいふうはつ》
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〔八月〕二十七日
朝|床《とこ》の中でぐずついていたら、六時になった。何か夢を見たと思って考え出そうとしたが思いつかない。
起きて顔を洗って、にぎり飯を食って、書斎の机に向ったが、一向《いっこう》ものを書く気にもならない。そこで読みかけの本をよんだ。何だかへんな議論が綿々《めんめん》と書いてある。面倒臭くなったから、それもやめにして腹んばいになって、小説を読んだ。土左衛門《どざえもん》になりかかった男の心もちを、多少空想的に誇張して、面白く書いてある。こいつは話せると思ったら、こないだから頭に持っている小説が、急に早く書きたくなった。
バルザックか、誰かが小説の構想をする事を「魔法の巻煙草を吸う」と形容した事がある。僕はそれから魔法の巻煙草とほんものの巻煙草とを、ちゃんぽんに吸った。そうしたらじきに午《ひる》になった。
午飯《ひるめし》を食ったら、更に気が重くなった。こう云う時に誰か来ればいいと思うが、生憎《あいにく》誰も来ない。そうかと云ってこっちから出向くのも厄介《やっかい》である。そこで仕方がないから、籐《とう》の枕をして、また小説を読んだ。そうして読みながら、いつか午睡《ごすい》をしてしまった。
眼がさめると、階下《した》に大野《おおの》さんが来ている。起きて顔を洗って、大野さんの所へ行って、骨相学《こっそうがく》の話を少しした。骨相学の起源は動物学の起源と関係があると云うような事を聞いている中《うち》にアリストテレスがどうとかと云うむずかしい話になったから、話の方は御免《ごめん》を蒙《こうむ》って、一つ僕の顔を見て貰う事にした。すると僕は、直覚力も推理力も甚《はなはだ》円満に発達していると云うのだから大したものである。もっともこれは、あとで「動物性も大分《だいぶ》あります。」とか何か云われたので、結局帳消しに
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